コーヒーブレイク その8

burijitt08072008-10-06


佐和子は目を伏せて考えていたが、何か思いついたのか硬い表情が一瞬ゆるんだ。
周囲に聞こえないように、メニューで顔を半分隠しながら抑えた声で小田に言った。


「ね、小田くん。ここは職場だからあまり込み入った話はできないでしょう。今日、終わったら時間取れるかしら。絵里香のことが気になるし。もう少し聞きたい」
「かまわないですけれど僕のシフトが終わるのは、10時ですよ。佐和子さんは9時まででしょう」
「大丈夫よ。小田くんが終わるのを、あの喫茶店で待ってるわ。ここから15分くらいだし」
「あ、あそこ・・・わかりました。」


 以前、偶然小田と街中で会った時に入った喫茶店は、夜はビールや水割りも扱う。
仕事帰りのサラリーマンが帰宅するまでの自由な時間を過ごすには、異国的な雰囲気の漂うこの店は心地よいだろう。
カウンター席には、常連客らしい男性やいかにも独身という雰囲気の女性が、マスター相手に旅行の話をしていた。
 佐和子は二人用のテーブル席に座り、喫茶店の棚に置いてあった旅行雑誌のページをめくった。
そう言えば、海外旅行などご無沙汰だった。
家のローンや保険の支払いを抱えながら私立の学校に娘を通わすのは、中堅サラリーマンの給料では夫婦で海外旅行など夢のまた夢。
夫も有給休暇を余すくらいだから、時間的な余裕もない。


(だから、退職したら・・・って皆思うのでしょうね。でも、その時に相手がいなかったら?)そんな想像が佐和子の脳裏をよぎった。


 外から冷たい空気が流れ込んだ。ドアが開けられ小田が入って来た。
「すみません、佐和子さん。ちょっと手間取ってしまって、定刻に終われませんでした。」
小田が、コートの前を開けたまま走り込むようにして入って来た。
時計は10時半を既に回っていた。
コートを椅子の背もたれに掛けながら、小田はマスターにホットミルクを注文する。


「ごめんなさい私こそ。別の日にすれば良かったのかも。今日の今日だなんて」
「いや、かまわないですよ。どうせいつも遅いし。で、絵里香さんのことですよね」
「小田くんが気になるって、どんな感じだったの?」
「あの実は、学園祭の時に携帯電話の番号を交換して。その後も何回かお会いしました。」
意外な小田の言葉に、佐和子は目を丸くした。
(つづく)