2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧
久し振りに会った小田は、少し大人びた表情をしていた。 「佐和子さん、よろしくお願いしますね。」 「何をどうしたら良いかわからないわ」 小田はあの穏やかな笑みを浮かべて 「簡単なマニュアルを作ってありますから。あとは臨機応変に。接客の仕方や言葉…
十一月も末となると何かと心せわしくなる。 娘の絵里香は、M商事の内定をもらい安心したのか、夕方からのアルバイトを始めた。 夫の帰りも遅く、佐和子は一人で夕食を取る事が増えた。 自分のためだけの食事作りは手抜きになる。 つくづく、佐和子は自分以…
「お母さん、何かあった?」 「え?何も。どうして?」 絵里香はポトフの中に入っていたウィンナーソーセージを、前歯でぷちっとかみ切った。 目がくりっとして前歯が少し大きい絵里香はビーバーみたいで可愛い。 「お母さん、普段あまり自分の気持ちとか言…
「私、仕事をすることにしたわ」 弘子は談話室で、缶コーヒーを横にタバコの灰を灰皿に落としながら言った。 晴れ晴れとした表情をしている。 先日同じ場所で泣いていた弘子と同一人物とは思えない。 「喫茶店の店舗デザインをしている会社なんだけど、 そこ…
佐和子のパート勤務は、ウィークディの日中に限られている。 お昼の時間帯が忙しい。 街中のビルの2階にレストランと事務所があり、地下は食材やワインの倉庫になっている。 忙しくない時間帯には、その倉庫からナプキンや食材を運ぶのが仕事のひとつになっ…
佐和子は、気の強い弘子の涙を初めて見たと思った。 弘子は小さく鼻をすすってから、 自分の気持ちを立てなおすように、再びタバコに火をつけた。 「ごめんなさい。こんなことあなたに話しても困るだけよね。私どうかしている」「ううん。誰かに話さないと胸…
「佐和子さーん」背後から、和らげな青年の声がする。 佐和子が、抱えていたフランスパンの包みを持ち直しながら振り抜くと、 年齢は24,5歳ほどか、中背のやせ気味の青年が駆け寄って来た。 親しげなまなざしは屈託がなく、素直な青年の性格が現れている…
*人が魚だったころ、鳥だったころ 心の中で、そんな記憶が一瞬の星のきらめきのように光り 形にならない切ない思いがひとつの物語を作り上げたり。 またここに書き綴られることも、星の光とおなじように やがて消えていくのかもしれません。 それでも、この…